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"SamBRA" A História do Samba


samba(サンバ)といったら、、、

リオやサンパウロに代表される、
サンバ学校のカーニバルパレードコンテストのサンバを思い浮かべる方が多いと思う。
私もかつては、サンバと言ったらシャカシャカドンドンなアレのことだと思っていた。
ところが、
首を突っ込んでみますれば、
このジャンルの幅の広さと奥の深さは、ハンパない。
そして、
人々の生活に溶け込み、身体に染み込み、人生の喜怒哀楽に寄り添って発展してきた文化の歴史に、
脱帽しないわけにはいかなくなった。


“SamBRA”(サンブラ)



2015.06.23-01 'SamBRA' A História do Samba



サンバ誕生100年を記念して制作された、ミュージカル。
サンバの歴史と重要な拠点を追いかけ、この、広くて深いジャンルの軌跡をたどる。


2015.06.20
Curitiba(クリチーバ)の歴史ある劇場にて、このすばらしいショーを楽しんできた。
ブラジルで一番気温の低い州都であるクリチーバはこの時期、昼間はともかく朝晩は寒い。
しかし、コートやマフラーに身を包んでサンバるのも、いやいや、なかなかオツですな。



2015.06.23-02 



このミュージカルは、最初にリオで大成功を収めその後全国各地を廻っていたが、
今回のクリチーバがこのツアーの最終公演、千秋楽であった。

夜9:15開演で、途中15分間の休憩を挟み、終了したのは夜中の12時。
2時間半のスペクタクルは、最初から最後まですばらしかった!

偉大なるサンビスタ、故 João Nogueira(ジョァオン・ノゲイラ)のご子息である若手サンビスタ、
Diogo Nogueira(ヂオゴ・ノゲイラ)が主演。

ディレクション、脚本、構成、間、照明、衣装、ダンス、振り付け、ユーモア、
ミュージカル女優俳優たちの表現力、バックミュージシャンたちの演奏・・・・・
すべてトータルで完璧!
(なんで皆さんにドッとウケているのか、ついていけないセリフも所々ありましたけれどもだな)

選曲もまたすばらしく、
演奏された50曲近い曲、メドレーもたくさんあったので1曲ずつカウントしたら70~80曲ぐらいか?
は、
サンビスタに限らず、様々なジャンルのシンガーたちによって次々に歌い継がれている名曲ぞろい。
100年に及ぶサンバ史において、それぞれが重要な意味をもっている。

(当記事に貼り付けた YouTube の曲はすべて、このミュージカルに登場した曲)


リオの山でアフリカ系の人々から興ったリズム音楽は、



2015.06.23-03 



1910年代から、
Pixinquinha(ピシンギーニャ)、Donga(ドンガ)といった、
先駆サンビスタたちによって確立されていった。



2015.06.23-04 



1916年、ブラジルで録音されたサンバ第1号とされる Donga(ドンガ)の “ペロ・テレフォーニ”
リオの praça onze(広場11)にある Tia Ciata(スィアッタおばさん)の裏庭で作った曲、
というのは有名な話。
なのだが、
Alfredo Carlos Brício(アウフレッド・カルロス・ブリースィオ)の”Em casa de baiana" (1913?)
や、
Baiano(バイアーノ)の "A viola está magoada" (1914?)
がすでに録音されていた、という説もあり、、、、、
幕開けは、
"ぼくが王様" "いやいやオレだ" と、100年前のサンビスタたちが次々に登場してもめる。



Bahiano & Côro (Donga) - Pelo Telefone





まだまだ人種差別が横行していた時代において、
アフリカ系の人々が楽しむ初期のサンバは差別の対象となり、警察の取り締まりを受けていた。
警察の気配に気づくと、サンバをやめて賛美歌を歌って逮捕を逃れる人々。



2015.06.23-05 



1939年、スーパーウルトラ超名曲が Ary Barroso (アリ・バホーゾ)により生み出された!
でっかいブラジルまるごと全部、両腕をめいっぱい広げてぎゅーっと抱きしめたくなるような曲だ。
ブラジル国内はもちろん、世界中で、
インストも含めてどれだけ演奏されたり歌われたりしているか知れないが、
きょうは、超お気に入りのひとつ、Toquinho(トッキーニョ)の弾き語りバージョンで。



Toquinho - Aquarela do Brasil





サンバにハマッて時代をさかのぼっていくとたいてい、
Cartola(カルトーラ)や Nelson Cavaquinho(ネウソン・カヴァキーニョ)あたりに、
とりあえずたどり着くのではないか。
かく申す私も、
Cartola(カルトーラ)を知って以来、サンバのもつ奥深い切なさにすっかりヤラレてしまった。



リオの名門 escola de samba(サンバ学校)Mangueira(マンゲイラ)創立者の一人であり、
天才すぎたゆえか?不遇の時代が長かった遅咲きのサンビスタ Cartola(カルトーラ)。
1974年、65歳にしてリリースされた名ファーストアルバム “Cartola” より、
Cartola - Alvorada





第一部のラストには、
主演 Diogo Nogueira(ヂオゴ・ノゲイラ)のお父上、
故 João Nogueira(ジョァオン・ノゲイラ)に敬意を表して、
お父上の曲が数曲演奏された。


第二部では、
Cartola(カルトーラ)の親友で若くして亡くなってしまった Noel Rosa(ノエウ・ホーザ)、
Paulinho da Viola(パウリーニョ・ダ・ヴィオラ)、
Wilson Batista(ウィウソン・バチスタ)、
Dorival Caymmi(ドリヴァウ・カイーミ)、
Chico Buarque(シコ・ブアルキ)、、、、、、
といった偉大なサンビスタたちが次々に登場する。

時代は少しさかのぼり ’30~’40年代頃、
街のプラッサ(広場)では、
白いスーツにパナマ帽、白黒コンビの靴でばっちりキメたマランドロたちが活躍していた。



2015.06.23-06 



malandro(マランドロ)とは、
働きもせず、人を騙したり女にねだったりギャンブルで得たカネで、カッコつけて遊んでいた、
言ってみたらしょ~~~もないヤツらなのだが、
結果的には、プラッサ(広場)のサンバ一大文化発展に、大いに貢献した。



Chico Buarque - A Volta do Malandro





さらに、
庶民のサンバが中流以上のインテリ層にも広まると、
João Gilberto(ジョァオン・ジルベルト)、
Tom Jobim(トン・ジョビン)、
Vinícius de Moraes(ヴィニースィウス・ヂ・モライス)、、、、、
などなどによる、サンバ+ジャズのムーヴメントが起こる。
このムーヴメントはのちに、
“Bossa Nova”(ボッサ・ノーヴァ=”新しい潮流”といった意味)と呼ばれることになり、
今日では世界的にすっかりこの手の音楽・リズムのジャンル名になっているが、
本来の意味は、精神的なものまでを含む、新しい音楽ムーブメントのこと。


最初の Bossa Nova とされるのは、1959年、
Tom Jobim(トン・ジョビン)と Vinícius de Moraes(ヴィニースィウス・ヂ・モライス)の、
黄金コンビによって生み出されたこの曲。
今では当たり前に演奏されている、ギター1本でサンバのリズムを刻む独特の奏法を生み出した、
João Gilberto(ジョァオン・ジルベルト)の弾き語りは、世界を席巻した。
主演のヂオゴ・ノゲイラによるこの曲の弾き語りは、
若かりし日のジョァオン・ジルベルトそっくりだった。



João Gilberto - Chega de Saudade





そして、
Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)や Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)たちが登場する。
軍事政権下、反政府的な傾向を持つ芸術家や思想家たちが弾圧され、国外追放されていた時代。
カエターノやジルベルト・ジルも含むそうそうたるミュージシャンたちが国外追放の憂き目をみるが、
サイケデリック文化やロック、ソウル、ファンクなどの影響を受け、
サンバはますますサウンドの幅を広げ、世界の音楽ファンをうならせていく。



2015.06.23-07 




どことなく哀愁の漂う Jorge Aragão(ジョルジ・アラガォン)のサンバ。
インテリ層のサンバ、ボッサ・ノーヴァとはまた違う、
Zeca Pagodinho(ゼカ・パゴヂーニョ)や Arlindo Cruz(アルリンド・クルース)のサンバ、
pagode(パゴーヂ )。
庶民たちは、町のエスキーナ(角)のバールに集い、
安いビールに硬いシュハースコ肉をほおばりながら打楽器や弦楽器を鳴らし、歌い、パゴーヂを楽しむ。
これは現在も続く、庶民の生活に根ざしたサンバ・スタイル。



2015.06.23-08 



そしてもちろん、
当記事の冒頭で触れた escola de samba(エスコーラ・ヂ・サンバ=サンバ学校)のサンバも、
現在も続く重要なサンバ文化の一つ。
サンバが全身から溢れている貧しい層の人々の、パワフルな魂が躍動する。



2015.06.23-09 



このミュージカルを堪能して、
“Não deixe o samba morrer”(サンバを死なせてはいけない)や 、
“Desde que o samba é samba”(サンバがサンバであったときから)
が、なぜ生まれたのか、わかった。
(もちろん2曲とも、このミュージカルの中で歌われた)
これらはけっして偶然ではなく、必然だったのだ。

'60年代後半、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルが中心となって巻き起こった、
音楽などの芸術運動 Tropicália(トロピカーリア)あるいは Tropicalismo(トロピカリズモ)。
'70年までには下火になったものの、'90年代に世界から再評価され、
1993年にカエターノとジルベルト・ジルのアルバム "Tropicália 2" がリリースされた。
そのラストに収められたのが、この曲。

落ち込んだときにこの曲を聴くと、涙があふれてくる。
しかし、何度か聴いているうちに涙は乾いてしまうのだ。
大切にそっとしまっておきたい宝物のような、サンバ。



Caetano Veloso e Gilberto Gil - Desde que o samba é samba





O samba é o pai do prazer
O samba é o filho da dor
O grande poder transformador
(“Desde Que o Samba É Samba” by Caetano Veloso)

“サンバは苦しみから生まれ、サンバは喜びを生む
偉大な力で苦しみを喜びに変える”



いよいよ、ミュージカル "SamBRA" の幕締め。
ステージの出演者たちと客席とが一緒に声をそろえて、このフレーズを何度か繰り返す。

“Respeite Quem Suou A Camisa!!!”

(シャツに汗をかいた人々を尊敬しなさい!!!
 つまり、サンバの歴史を築いてきた人々の努力に感謝しなさい、ということ)

地域独特の文化や芸術も、
グロバリゼーションの波に流され薄れてきている、
こんな時代だからこそ。。。。。

感動して、涙がこぼれた。


一般的なサンバのイメージは、
サンバ学校のパレードコンテストに見られる陽気なパワーが炸裂する明るい(明るすぎる?)ものだろうが、
実は、人生の切なさや愛の苦しみや生活の苦労などを歌った、胸にグッとくるものが多い。
また、生活感あふれるお茶目なサンバもある。

リオの山で生まれ、町に広まり、海に下り、
時代の流れとともに、政治に翻弄されながら貧しい人々を中心に発展してきたサンバ。
サンバは、人生の喜怒哀楽を代弁している。
ブラジルの人々にとって人生そのものなのだな、と、改めて想った。

嗚呼、すばらしい夜だった。

ブラボー!



2015.06.23-10 






Assisti ao espetáculo “SamBRA” no Teatro Guaíra em Curitiba.

Este show é um musical, visita à história do samba e de seus baluartes, contando a trajetória deste gênero musical em homenagem a seus 100 anos de existência. Primeiro, foi um grande sucesso em Rio de Janeiro, depois fizeram o turnê e encerraram em Curitiba.

É estrelado pelo sambista Diogo Nogueira, o filho de grande João Nogueira.

O espetáculo de 2 horas e meia foi maravilhoso de começo até o fim !!!

Direção, roteiro, composição, luz, roupa, dança, ação, humor, elencos, músicos,,,,,,,, todos são totalmente perfeitos.
(Mas, de vez enquanto, não entendia por que a gente está sorrindo……)

Quase 50 músicas importantes foram tocadas.

Antes de chegar até Dorival Caymi, Cartola, Nelson Cavaquinho,
Pixinguinha, Donga……etc formaram o samba na década de 1910.

Ainda na época que havia discriminação racial, o samba que era música feita pelos negros, e por isso sofria opressão da polícia.

Depois,
Noel Rosa, Chico Buarque, João Nogueira, Paulinho da Viola……etc chegaram.
Na década de ’30s ~ ’40s, os malandros contribuiram para o grande desenvolvimento cultural do samba na praça.

Na década dé ’50s, a nova música, samba+jazz, foi criado por João Gilberto, Tom Jobim e Vinícius de Moraes……….etc.
Começou um grande movimento, a “Bossa Nova”.

Sob o regime militar, as artistas contra o governo, como Caetano Veloso e Gilberto Gil, sofreram opressão. Mas o samba se desenvolvia de formas variadas.
Jorge Aragão, Zeca Pagodinho, Arlindo Cruz………, e a Escola de Samba também fizeram grande parte disso.


Agora entendo porquê “Não deixe o samba morrer” e “Desde que o samba é samba” nasceram. (Claro que estas duas canções foram cantado nesta musical)
Não foi por acaso, foi inevitável.

O samba é o pai do prazer
O samba é o filho da dor
O grande poder transformador
(“Desde Que o Samba É Samba” de Caetano Veloso)

O samba é a vida do povo brasileira.


“Respeite Quem Suou A Camisa!!! ”

Fiquei muito emocionada!!!
Foi uma noite maravilhosa.






20 de junho de 2015
"SamBRA" A História do Samba
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