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哀悼 Dona Ivone Lara "A primeira Dama do Samba"


2018年4月16日、夜、
偉大なる女性サンビスタが、この世を去った。

Dona Ivone Lara
(ドナ・イヴォーニ・ララ)



g1.globo.com より
2018.04.16_01 哀悼 Dona Ivone Lara



享年96歳。

1922年4月13日、リオ・デ・ジャネイロ市南部のボタフォゴ生まれ。

ただし、彼女の生年月日には、もう一つの説がある。
選挙人登録証など身分証明書では、1921年4月13日生まれとなっているため、
97歳で亡くなった、との報道もある。

これは、
1932年に、11歳から入学できる学校に入学できるようにするため、
イヴォーニのお母上が、身分証明書発行手続きの際、娘の生年月日を1921年として申請した、
という経緯があったらしい。
この点については、
ドナ・イヴォーニの伝記の中でも触れられていて、
それによると、身分証明書記載の1921年ではなく、本当は1922年生まれ、としている。

96歳(あるいは97歳)のお誕生日である4月13日に、市内の病院に入院。
16日に、心肺機能不全のため、亡くなられた。

お身内の方によると、
入院前から貧血の症状があり、輸血を受けるなどしていた、とのことで、
お体の方はだいぶ弱っていらしたようだが、
頭は常にしっかりしていらっしゃり、
亡くなるまで、曲を書くためのノートを、いつもいつも求めていらしたそう。


Dona Ivone Lara(ドナ・イヴォーニ・ララ)のお名前を知らなかった方も、
この曲を生み出した方、と申せば、

お!

と思われるのではなかろうか。
長年にわたり曲作りのパートナーであった、Délcio Carvalho(デウスィオ・カルヴァーリョ)との共作。
この曲をカヴァーしたミュージシャンは数あれど、
真っ先に思い浮かぶ “私の夢” は、
なんといっても、
1978年に最初にこの曲をレコーディングした、このお二人のヴァージョンだろう。
その年の、ベストブラジル音楽賞を獲得している。



Maria Bethânia e Gal Costa - Sonho Meu
(マリア・ベターニアとガウ・コスタ - 私の夢)





A Primeira Dama do Samba(サンバのファーストレディー)

A Grande Dama do Samba(サンバの偉大なるレディー)

A Rainha do Samba(サンバの女王)

まさしく、そんな愛称がふさわしい Dona Ivone Lara(ドナ・イヴォーニ・ララ)は、
裁縫業を営んでいたご両親の元に誕生した。
ご両親はプロの音楽家ではなかったが、音楽漬けの日々であり、
お父上は7弦ギター奏者、お母上は歌を歌っていらした。

しかし、
3歳でお父様を、12歳でお母様を亡くし、預けられた叔父さまのところがまた、音楽漬け。
カヴァキーニョの演奏をおぼえ、サンバを聴きながら、若き日のイヴォーニは成長してゆく。

やがて、
25歳の時、サンバ学校 Prazer da Serrinha(プラゼール・ダ・ソヒーニャ)創設者のご子息と結婚。
プラゼール・ダ・ソヒーニャでは、
その後の作曲のパートナーとなるサンビスタたちとの出会いがあった。


ドナ・イヴォーニ・ララはまた、
看護科と社会福祉科を卒業しており、作業療法の専門家として、精神科病院で働いていらした。
1977年、病院を退職し、ここからアーティスト活動に専念。
彼女の数あるアルバムのほとんどが1977年以降の作品で、
つまり、50代後半から、本格的なアーティスト活動をスタートしたのである。
年齢に関係なく輝くその生き様は、とても素敵だ。



g1.globo.com より
2018.04.16_02 哀悼 Dona Ivone Lara




Clara Nunes(クララ・ヌネス)
Roberto Ribeiro(ホベルト・ヒベイロ)
Maria Bethânia(マリア・ベターニア)
Gal Costa(ガウ・コスタ)
Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)
Gilberto Gil(ジルベルト・ジル)
Paulinho da Viola(パウリーニョ・ダ・ヴィオーラ)
Beth Carvalho(ベッチ・カルヴァーリョ)
Marisa Monte(マリーザ・モンチ)

などなど、、、、、、、、
ドナ・イヴォーニの曲を歌って話題になったシンガー・ミュージシャンは、枚挙にいとまがない。
そして、
ドナ・イヴォーニのサンバは、
今日もなお、次から次へと、様々なミュージシャンに、敬愛の念を持って歌い継がれている。



Caetano Veloso(カエターノ・ヴェローゾ)
Maria Bethânia(マリア・ベターニア)
Mart'nália(マルチナーリア)
などなどがカヴァーしている、
Dona Ivone Lara - Alguém me avisou
(ドナ・イヴォーニ・ララ - 誰かが私に知らせた)





前述のとおり、
ドナ・イヴォーニ・ララは、1977年に退職するまで、作業療法士として、精神科病院で働いていた。
それが、
Dra Nise da Silveira(ニーゼ・ダ・スィウヴェイラ医師)
がいらした病院で、
お二人は知り合いであったことがわかり、
驚いたとともに、なんだかすごく、心にストンと落ちた。

故・ニーゼ・ダ・スィウヴェイラ医師は、
当時は当たり前だった、精神疾患患者に対するショック療法や虐待に近い治療法に疑問を投げかけ、
患者を人間として尊重し、アートを取り入れた作業療法をブラジルで確立させた、
1905年生まれの女性医師である。

2016年、
Dra Nise が作業療法に取り組み始めた頃の日々を綴った映画、

“Nise : O Coração da Loucura”(邦題:ニーゼと光のアトリエ)

が公開された。
たまたま一時帰国中に日本で観たが、
当時、男性医師ばかりの暗く不潔な精神病院で、
上司や同僚の猛反発に遭いながらも、強い信念に突き動かされ治療法を改革してゆくそのお姿に、
同じ女性として敬服の念が湧き、そのカッコよさにしびれたものだ。

女性サンビスタとして、
今でも歌い継がれる名サンバの数々を生み出し、
最期までサンバへの情熱を失わず96歳で亡くなられたドナ・イヴォーニ・ララと、
女性精神科医として、
今でも治療法の一つとして注目されている作業療法を確立し、
凛としたお姿で精神医療を語りつつ94歳で亡くなられたニーゼ・ダ・スィウヴェイラ医師。

お二人とも、
女性であるがゆえに受けた不当な偏見や反発に屈することなく、
情熱を持って信念を貫き、道を切り開いてきた。
知的で勇気があり、ウィットに富んだ、チャーミングな女性である。

このお二人の女性に接点があったことは、偶然とは思えない。



Roberto Ribeiro(ホベルト・ヒベイロ)はじめ、
Vanessa da Mata(ヴァネッサ・ダ・マタ)などがカヴァーしている、
Dona Ivone Lara - Acreditar
(ドナ・イヴォーニ・ララ - 信じる)





生前にもたくさんのミュージシャンが、
Dona Ivone Lara(ドナ・イヴォーニ・ララ)へのトリビュート・ライブやレコーディングをしているが、
毎週日曜の夜に TV Globo(TVグローボ)で放送される長寿番組 “Fantástico”(ファンタスチコ)でも、
亡くなられて最初の日曜日の放送で、
ドナ・イヴォーニへの敬意を表して特集が組まれ、MPBのミュージシャンたちが集った。
2017年3月17日、脳卒中に倒れ、今尚、昏睡状態で入院していらっしゃる、
Arlindo Cruz(アルリンド・クルース)のご子息 Arlindo Neto(アルリンド・ネット)のお姿も。

既述のとおり、
亡くなるまで常に、曲作りのためのノートを持っていらしたドナ・イヴォーニ。
お孫さんが見せてくださっているノートには、びっしり、未発表曲のアイディアのメモがある。
きっとこのノートは、お宝の山だ。
最後の作品となった未発表サンバは、亡くなられる96歳の作品!
お台所で、お孫さんを囲んで、この曲をお仲間たちが演奏してくださっている。



Fantástico Artistas fazem roda de samba para homenagear Dona Ivone Lara
(ファンタスチコで、アーティストたちがドナ・イヴォーニ・ララに敬意を表してサンバを演奏)





この中で、
衣装など、ゆかりの品々を大切に管理しているドナ・イヴォーニの息子さんの奥さまが、
クローゼットから衣装を出して見せてくださりながら(日本で着用されたものも!)、

”私は泣かない。それどころか、幸せな気持ちになるの。わかる?”

とおっしゃっている。

そうなのです。

Dona Ivone Lara(ドナ・イヴォーニ・ララ)の遺したものは、
ただ単にサンバの名曲の数々のみならず、
この、 “人々を幸せな気持ちにするなにか” なのだ。
それが、
彼女の訃報を伝える報道や特集、
ミュージシャンたちの言動、
彼女の話をするご遺族や関係者たちの表情に、
はっきりと表れている。

Obrigada Dona Ivone Lara !






16 de abril de 2018
哀悼 Dona Ivone Lara "A primeira Dama do Samba"
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