スポンサーサイト


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer "自由な曲線"


2012年12月5日21時55分、
ブラジルの誇りであり、世界の財産である建築家、
Oscar Niemeyer(オスカー・ニエマイヤー)氏が入院先の病院で亡くなられた。
(日本語表記では "ニーマイヤー" となっている)

享年 104歳
あと10日で 105歳になられる、お誕生日目前のことであった。

このニュースは世界を駆け巡り、各国からお悔やみの言葉が届いている。
ヂウマ・ホウセッフィ大統領もお別れのセレモニーに参列され、
きょう12月7日から1週間、公式の喪に服すことを宣言された。


1907年12月15日、Rio de Janeiro 生まれ。

1928年、21歳の時、
イタリア移民で18歳の Anita Baldo(アニータ・バウド)さんと結婚する。
                  
それまで自由奔放で気ままな暮らしをしていた青年オスカーは、
結婚を機に父の仕事であったタイポグラフィーの仕事をはじめ、復学もし、高校を卒業、建築家を志した。
1934年、27歳でリオの芸術大学建築学部を卒業。
翌年、
のちに首都ブラジリアを設計する Lúcio Costa(ルスィオ・コスタ)と、
Carlos Leão(カルロス・レアォン)の設計事務所で働きはじめる。


それ以降の、建築家としてのご活躍ぶりはここで語るまでもない。
彼が設計した代表的建造物の一部は Wikipédia でご覧になることができる。

Go to Wikipédia Oscar Niemeyer

天才建築家オスカー・ニエマイヤーはまた、スターリン主義の剛直な共産主義者としても有名であった。
1960年代から80年代半ばまで続いた軍事政権下で政府ににらまれ、ブラジル国内での設計活動は禁止された。
60年代半ばからフランスのパリに亡命し、
以降、20年間ほど、フランスを中心にヨーロッパなどブラジル国外で設計活動をすることになる。
フランス共産党員となり、パリの党本部の設計もしている。

21歳で結婚した奥様アニータさんとは、2004年にアニータさんが亡くなられるまで76年間連れ添った。
その後2006年には、40歳近く若い 60歳の秘書 Vera Lúcia(ヴェラ・ルスィア)さんと再婚され、
99歳にして、新たな愛を生きはじめた。

亡くなられた前妻・アニータさんとの間には、
一粒種のお嬢さん Anna Maria(アンナ・マリア)さんがいらっしゃったが、
今年の6月、82歳でアンナさんが亡くなられ、一人娘に先立たれたオスカー氏は哀しみに暮れた。
その半年後、お嬢さんのあとを追うように、逝かれた。
この、偉大なる建築家には、5人のお孫さん、13人のひ孫さん、6人のひぃひぃ孫さんがいらっしゃる。

100歳を超えられてなお、近年も精力的に活躍されていたニエマイヤー氏。
現在進行形のプロジェクトもおありだった。
お身内の方々のコメントによると、
亡くなられる直前まで、これから手がけたいプロジェクトのことなど、
新たなアイディアと将来の展望について語られていた、と言う。


Oscar Niemeyer(オスカー・ニエマイヤー)氏のデザインは、
"自由な曲線" と言われる曲線を生かしていることが特徴である。


近所に住んでいたゆえ建設経過も見守り、完成後も折にふれ訪れる、
パラナ州都クリチーバに 2002年に完成した、
Museu Oscar Niemeyer(ムゼウ=美術館)通称 Olho(オリョ=目)
哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer '自由な曲線' 01



今年7月に訪れた世界遺産・首都ブラジリアの、
個性的、且つ、調和のとれた建物群にも自由な曲線が大胆に生きていた。



哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer '自由な曲線' 02
Congresso Nacional do Brasil(ブラジル連邦議会議事堂)



哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer '自由な曲線' 03
Catedral Metropolitana(メトロポリタン大聖堂)



哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer '自由な曲線' 04
Museu Nacional Honestino Guimarães(国立美術館)



ただ奇抜なだけであったなら、
80年近くもの間ずっと、世界の引っ張りだこ建築家であり続けることはなかっただろう。

私は建築設計に関しての専門知識はまったくないので上手に申し上げられないけれども、
ニエマイヤー氏の巨大な美術館と言っても過言ではないブラジリアを、
歩き、眺め、建物の中に入り、
感じたことがある。

そこには、
計算し尽くされた(のであろう)絶妙なバランスの安堵感があり、
人生は喜びに満ちていることを教えてくれる、前向きなパワーがあふれている。
ニエマイヤー氏の生き様が、デザインとなって表れているのかも知れない。

そう感じさせるものがどこから来るのか。
そのヒントになりそうな、Oscar Niemeyer氏ご自身による詩をご紹介したい。


Poema da Curva

Não é o ângulo reto que me atrai,
nem a linha reta, dura, inflexível, criada pelo homem.
O que me atrai é a curva livre e sensual,
a curva que encontro nas montanhas do meu país,
no curso sinuoso dos seus rios,
nas ondas do mar,
no corpo da mulher preferida.
De curvas é feito todo o universo,
o universo curvo de Einstein.


訳してみた。
ご本人様の意図したニュアンスと多少ずれている可能性もあることを
あらかじめご承知おきください。


ポエマ・ダ・クルヴァ(曲線の詩)

私を惹きつけるものは、直角ではない。
人工的に作られた、固く強情な直線でもない。
私を惹きつけるのは、自由で官能的な曲線だ。
我が祖国の山々の曲線であり、
曲がりくねった川の流れの曲線であり、
海に寄せる波の曲線であり、
愛すべき女性の躰の曲線である。
宇宙は、
アインシュタインの屈曲した宇宙は、
すべて曲線でできているのだ。



偉大なる Oscar Niemeyer 氏のご冥福をお祈りするとともに、心からの敬意を表します。






05 de dezembro de 2012
哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer "自由な曲線"
sociedade brasileira・notícias ブラジル社会・ニュース
tv・cultura テレビ・文化

>>> principal ホーム >>> introdução はじめに >>> categoria カテゴリー >>> sociedade brasileira・notícias ブラジル社会・ニュース >>> obituário 追悼 >>> 哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer "自由な曲線"

>>> principal ホーム >>> introdução はじめに >>> categoria カテゴリー >>> tv・cultura テレビ・文化 >>> arte・cultura 芸術・文化 >>> 哀悼 奇才建築家 Oscar Niemeyer "自由な曲線"

>>> novidades 更新情報

>>> artigos 記事一覧

Utility

perfil プロフィール

TAMAGO

Author:TAMAGO
1999年より
ブラジルで暮らしている
日本人でございます。

Olá !

Sou japonesa,
moro aquí no Brasil
desde 1999.
Tem artigos que escrevi em português.
Ir para a página "artigos"

atenção ご注意

© 2009-2017 TAMAGO
All rights reserved.
Todos os direitos reservados.

日本ブログ村 海外生活 ブラジル情報

にほんブログ村 海外生活ブログ ブラジル情報へ
にほんブログ村

ランキング参加中につき
クリックしていただければ有り難き幸せにござりまする

follow me on twitter

Twitter にて
当ブログの更新情報を配信しております

link

こちらをクリック

o número de visitantes ご来客数




administração 管理人室

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。